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2025年10月17日 (金曜日)
【コース】
椎原峠登山口 (8:30) ~ 鬼ケ鼻岩 (10:30) ~ 椎原峠 (11:00) ~ 唐人の舞 (11:40) ~ 太鼓岩案内板 (12:00) ~ 太鼓岩不明 ~ 太鼓岩案内板 (12:40) ~ 気象庁観測所分岐 (12:45) ~ 脊振山 (13:40) ~ 矢筈峠 (14:10) ~ 椎原峠登山口 (15:20)
 

 
 
(1)都会を抜け田園地帯にでる。

北九州から車を走らせ、大宰府、那珂川を抜けると、田園地帯が現われホッとする。
ここが、登山口のある椎原だ。
初めての山はいつもワクワクする。
今日は、一人登山だ。

(1)
 
 

(2)
(2)狭い山道に入り、冷や汗交じりで登山口に到着する

椎原バス停から「椎原峠登山口2.6km」の看板を右折し山に入ったが、道は狭く離合できる場所はほとんどなかった。
道端の草が車に触れ、接触防止のアラームがなりっぱなしだった。
なんとか登山口にたどり着いたが、帰りも同じ道を通ることを考えると、不安で車を停める気にもなれず、降りて辺りを見回し、気持ちを落ち着けて、車を停めた。
 
 
(3)脊振山系案内図の立て札の横を登ると、椎原峠、矢筈峠の案内板があった

背振山には矢筈峠が近いのだが、鬼ヶ鼻岩に寄りたかったので、椎原峠へ向かった。
舗装された道を歩くとやがて通行止めの棒があり、案内板に従って藪道に入った。

(3)
 
 

(4)
(4)椎原峠登山口に入る

舗装道路から藪に入ると、奥には道があった。
しばらく歩くと、沢を挟んだ反対側に、見晴らし台のようなものがあり、私有地と書かれた看板があった。
バーベキューでもするためなのかと思いながら通り過ぎた。
 
 
(5)鬼ヶ鼻岩への分かれ道

ここから右に沢を渡ると鬼ヶ鼻岩ルートになるのだが、この先にあるメタセの森を見たいので、直進した。

(5)
 
 

(6)何度か沢を渡る。

(7)緑が美しい。
 
 

(8)杉並が美しい。

(9)シダが覆っている。
 
 



(10)
(10)奥は椎原峠、右は別の登山口

左から来たのだが、右は広い林道の道。
そちらへ行きたいが、椎原峠はまたもや藪の中。
目印の赤い布がいやによく見える。
ここで躊躇していても始まらないので、暗闇の中へ足を踏み入れるように思い切って中へ入った。
中は確かに暗く、目を慣れさせるのに数秒かかった。
私の高級カメラが明るく写してはいるが、実際にはもっと暗かった。
 
 
(11)沢は所々で滝となって静かに流れていた。

暗闇はそう長くは続かなかった。
通り抜けてふと思ったが、まさか、さっきの所がメタセの森ではなかったのだろうか?
見上げる余裕もなく通り過ぎて来てしまった。
今更引き返せない。残念。

沢沿いに道があるせいか、やたらと蛙がいる。
ピョンピョン飛び跳ねて出て来る。
踏みつけそうになり、何度も足を止める。



(11)
 
 

(12)
(12)傾斜が増してアンバランスな木が多くなってきた。

滝の上に出ると勾配が急になってきた。
昨日の雨で滑りやすい。
ここは慎重に景色を楽しみながら登った。
尾根は間近なはずだ。
 
     
(13)鬼ヶ鼻岩に着いた

尾根に出て案内板に従って歩くと、また急な坂道となりロープ伝いに上がって来た。
そして、やっと鬼ヶ鼻岩に出た。

おお!
山の中を歩いてきただけに、ここからの眺望は最高だった。
脊振山登山で一番の見所と言えるだろう。
(まだ先は長いのだが)

右の写真の左上辺りが椎原バス停になる。




(13)
 
     
 
[鬼ヶ鼻岩からの景色]
(14)博多湾や海の中道が見える。
 
[鬼ヶ鼻岩からの景色]
(15)一番奥に見える鉄塔の山が、脊振山だ。遠い・・・。
 
     
 
[鬼ヶ鼻岩からの景色]
(16)あんな所にメタセの森っぽいのが見える。あそこを通ったのだろうか?
 
[鬼ヶ鼻岩からの景色]
(17)こちらは三瀬峠の方角だ。
 
     
 


(18)
 (18)思い込みで間違いそうだった道

鬼ヶ鼻岩から道沿いに歩くと案内板があった。
ここで迷った。
椎原峠を通るつもりが、案内板では下をさしている。
下に行けば登山口に戻るのではないか?
そして椎原峠と思う方向は金山となっている。
鬼ヶ鼻岩から今来た道が金山の方向だと思うのだが?
しかし、ここは過去の経験で自分の感を信じず、案内板通り下へ向かうことにした。
進んで行くと、道は下りから東へと変わり、やがて椎原峠に着いた。
やはり自分の感を信じなくてよかった。
後で解ったのだが、鬼ヶ鼻岩から出た道を尾根と思い込んでいたのだ。
鬼ヶ鼻岩からの道は一本入り込んだ道だった。
 
     
 (19)尾根の道

尾根道は、ずっと木が茂っていたので帽子を脱いで歩けた。
少し歩くと、脊振山4kmの看板があった。
「えっ!そんなにあるのか!」と驚いたが、ここは歩くしかなかった。
しばらく歩いていると、上空から騒音が響いてきた。そして進む方向に騒音は大きくなり、旋回するヘリコプターが見えてきた。上空に気を取られていると、前方から赤い服を着た青年が走りよって声を掛けられたと思う間もなく、疾風のように走り去って行った。
振り返って目を戻すと、またもや青年が現れ走り去っていった。
(山の上で全速力で走る人を初めてみた。)
「何事かあったのか?」直ぐに、遭難者が出たのだと思った。
前を歩くご夫婦に追いつき、話し掛けると、ヘリは訓練で毎週やってるのだと教えてくれた。
胸騒ぎはいっぺんに治まった。そして今度は燃料代が頭をよぎったが、人命第一だから訓練は必要なのだと一人納得した。
 


(19)
 
     
 

 
(20)
(20)唐人の舞

歩いて行くと案内板があり、脇道に入ると直ぐ唐人の舞に着いた。
説明書きには『その昔、唐の人がこの地を訪れた際、眺望のすばらしさに驚くとともに、眺望の先にある遠いふるさとに思いを馳せ、石の上で舞ったと伝えられる。』と書かれていた。
三角がかった大きな石で、傾斜があるので滑らないよう気を付けて上がった。
説明書き通り、眺望がよく、博多湾から玄界灘が見えた。
 
     
 (21)くせものの太鼓岩

途中、太鼓岩という案内板があった。
説明書きが光って良く見えなかったのだが、ざっと見ると『3つの大きな巨石が重なっていて岩に登るとグラグラと動き、太鼓をたたくような音がする』という内容だった。
時間も経過していたが、好奇心にひかれて入ってみた。
だが行けども行けどもたどり着けない。
そしてあきらめかけた時、先に目印の赤い布が見え、進んでしまう。目印を追って奥へ奥へと進み、とうとう目印が見えなくなった所で仕方なく戻る決心をした。そして振り返ると、もう背の高い熊笹しか見えず、目印を探すどころではなかった。
後は、スマホで方向を確認し、道なき道をやっとの思いで元に戻って来た。
40分のロスタイムであった。
説明文を最後まで読むと、『往復1時間を要す』と書いてあった。どっと疲れが出た。
始めに読んでいれば絶対に行かなかっただろう。
 

(21)
 
     

(22)
(22)気象レーダー観測所分岐

観測所への分岐点に出た。
道は舗装道路で左に行けば観測所、右が脊振山だ。
観測所は見たかったが、遅れているので、仕方なく背振山へ向かった。(太鼓岩がなかったら行けたのに・・とここでも悔やまれた。)
道はゆるやかな坂道で大きなカーブもあり、佐賀や有明海が見渡せた。
途中、帰り道となる矢筈峠を通り過ぎ、背振山へ向かった。
 
     
(23)県道305号線との合流地点 

県道との合流地点に着いた。
ここには車止めの柵があった。
下の写真は、来た道を振り返ったものだ。
柵の横を抜け、道路を渡ると、脊振山への登山道だったが、補修工事の為、通行止めになっていた。
迂回路の図があり、県道を歩くこととなった。
(ここでもロスタイムが出た。)
 


(23)
 
     
 


(24)
 (24)最後の階段

県道は、防衛庁の敷地につながっていた。
左の階段が脊振山への道だが、もう足がパンパンで階段に腰を下ろして休みながら登って行った。
下の写真が防衛庁の施設で、左下にかすかに見える柵のこちら側に脊振山までの階段がある。
 
     
 (25)上には脊振神社上宮があった。

背振山の山頂には石塔が並び鳥居の奥に石宝殿と呼ばれる石造りの社があった。
説明書きによると、佐賀の鍋島藩主が福岡との国境を後世に残すために設置したそうで、脊振神社上宮となっていた。

階段を上がって行くと、大きな網を持った人がいて、何をしているのかと尋ねると、蝶を獲っているのだと答えてくれた。
蝶を獲る姿と山頂の穏やかな景色が、さらにのどかに思えた。
 


(25)
 
     
 
(26)脊振山、山頂到着!

石宝殿のもう一段上に脊振山の表示板があった。
表示板には1055mの高度が記入されていた。
そして下に設置された温度計は25度を指していた。
後ろに見える球体は、航空自衛隊レーダー基地の設備だそうで、遠くから見えるので、脊振山のシンボルのようになっている。
登山者の姿はなく、素晴らしい景色を楽しめたが、階段を下りて行く途中、何十人もの登山者と出会った。
上は大混雑だろうと思いながら、脊振山を後にした。
 
     

 最後に
脊振山は、Mと登るはずだったが、土日の天気が雨模様だったので、Mにことわって一日早く来た。
脊振山はよく耳にする山で、いつか登りたいと思っていたが、交通量の多い道を通らなければならないので、なかなか思い立てずにいた。しかし来てみれば、九重方面よりも近く、思ったより混雑もなく着くことがわかった。問題は登山口までの道の狭さだった。だが、帰りに椎原バス停を通る時、沢山の車が近くの空き地に停まっていたので調べてみると、そこは登山者の駐車場になっていた。
脊振山からの戻りは、矢筈峠から下りた。表示板では90分と書かれていたが70分で下りてきた。
山の天気は暮れやすく、15時を過ぎると、木々の茂る所はもう薄暗くなっていた。
これからは遅くとも15時までに下山出来るよう計画しようと思う。
次回の登山に向けて、日々の体力づくりに努めていきたい。
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